「あまちゃんデータブック - unofficial」を作ったワケ

 

 今年秋、電子書籍あまちゃんデータブック - unofficial」を出しました。朝の連続テレビ小説あまちゃん」の小ネタ元ネタ用語解説、全話あらすじ紹介、全話クレジットデータなどを集めた本です。なんやかやで当初予想していたものをはるかに超えたテキスト量になってしまい、自分でもよくもまあここまで書いたな、と呆れるほどの内容になってしまいました。この本を作ろうと思ったのは今年の8月下旬頃でしたが、そのきっかけについて少し書いておこうと思います。

 本を作ろうと思った理由は色々あるのですが、一番大きいのは「“わかるやつだけわかればいい”、でも、わからなかったことがわかるともっと嬉しい」ということでした。「あまちゃん」における小ネタ元ネタは別にわからなくてもドラマの本筋には影響のないものばかりです。そんなもの知らなくたって問題なく、ストーリーだけで十分満足できる内容でした。私は宮藤官九郎さんと世代が近いので、たぶん「あまちゃん」の元ネタの多くに気づけたと思うのですが、とはいえ「元ネタがわからない」ことでもどかしさを痛感した作品が別にありました。ひとつは海外ドラマの「glee」、もうひとつは野田秀樹さんが書いた野田地図の作品でした。

 「glee」は私の大好きなドラマのひとつなのですが、ミュージカルの内容やアメリカの人気歌手に関するジョークが出てくると、やっぱりわかりづらい時はあります。例えばシーズン1で「オール白人キャストのThe Wizをやって酷評された」といったエイプリルの台詞があるのですが、「The Wiz」はオール黒人キャストのブロードウェイ・ミュージカル、という前提を知らないと伝わらない台詞です。他にもゲイの中年教師が「エクウスを上演したい」というような台詞を言った時に、「エクウスという舞台作品には美少年がフルヌードになる演出がある」ということを知ってるかどうかで「ニヤリ」とするかどうかが変わってくると思うのです。このへんまでは私でも理解できるのですが、もうちょっと突っ込んだジョークになるとさすがに解らない。歌手の実名をあげて揶揄したりする場面では、その歌手がいま現在アメリカでどういうポジションにあるか、なんてのも知らないと笑えないジョークもあります。また差別やスクールカーストを扱った作品だけに、アメリカの文化的背景を知らないと笑えないジョークもあるでしょう。楽曲についての解説も含め、本当にだれか識者に解説をお願いしたい気持ちでいっぱいなのです。

 もうひとつ、野田秀樹さんの舞台作品を見ていてもたびたび似たようなことを感じます。野田さんの作品の場合はその単語の背景にあるイメージや事象を知らないと物語の本筋に関わるので、事態はもっと切実です。こちらはもはや「わかるやつだけわかればいい」では済まないのです。2012年秋に上演された「エッグ」では、「あまちゃん」でも小ネタになった円谷幸吉の遺書が登場しましたし、2000年の「カノン」ではあさま山荘事件がモチーフになっていました。その時代の記憶がある人とない人では作品の理解度がまるで変わってくるでしょう。2010年の「ザ・キャラクター」はオウム真理教のサリン事件がモチーフで、さすがにこれは私もリアルタイムで知っていた事件だったのですが、事件を知らない10代の若い子が見た時に「水の入ったビニール袋を傘の先で刺す」という行為が何を表現しているのか、ピンのこなかったのではないかな、と思いました。

 「あまちゃん」に関して言えば30代40代の人々ならば特に解説のいらない用語や小ネタも多かったと思いますが、アナログ盤レコードどころか下手をすればCDすら手にしたことのない10代の子には80年代カルチャーなどわからないことだらけでしょうし、逆に私たちの親の世代は「Perfume」「ももクロ」「ネットアイドル」なんて言葉に馴染みがないでしょう。吉田副駅長が春子について「カバン潰して鉄板入れて武器にしていた」と言ってますが、「学生カバンを潰す」という不良文化はたぶん70年代から80年代にかけてのごく限られた一部の世代しか知らないのではないかと思います。地域差もあるでしょうが、私が中学生だった80年代後半にはもう皮革の学生カバンはあまり使われていなかったと記憶しています。今はナイロンのボストンバッグが主流になっていますものね。

 そんなこんなで、「30代40代以外の世代にもわかるような小ネタ集があればいいと思った」「単純に自分が小ネタ解説本を読みたかった」というのが一番の理由でした。小ネタについてはあちこちの記事などで話題になっていましたが、ほんの一部を抜粋したものがほとんど。全話をちゃんと網羅したものは当時ありませんでした。まとめサイトか関連書籍がそのうちできるだろう、と思っていましたが、ドラマが5ヶ月目に突入した8月に入っても出てこなかったので、これはもう自分で作った方がいいんじゃないの、と思い始めたのでした。(その後いくつかサイトができたようですが、その当時は十分なものは見当たりませんでした)

 それと、「電子書籍を作ってみたい」というのも、データブックを作った理由のひとつでした。電子書籍出版手続きのあれやこれやについては別記事に書こうと思いますが、とりあえず一番参考になったのは「Kindleダイレクトパブリッシングで電子書籍を出版するときの注意点まとめ - Six Apart ブログ」でした。これを読んだ時に「あ、このくらいならなんとかできるかもしれない」と思い、新しもの好きとしてはちょっと挑戦したい気持ちがウズウズしたのです。

 とはいえ、通常時であれば「156回×15分のドラマをイチから見返してメモを取る」という作業だけで音を上げるところですが、ちょうど私がこの頃やっていた仕事が某長寿TV番組の関連書籍を作るお手伝いで、その過程で100時間を軽く超える録画をすべてチェックしてメモを取り面白い場面を抜粋する、いくつか抜粋して書き起こし原稿にする、といった気の遠くなる作業を終えたところでした。あの作業ができたんだから大好きな「あまちゃん」を見ることくらい苦ではないのではないか、と思い、その仕事が一段落した8月末より作業を開始しました。本当はもっと早く作業を初めて、番組終了の3日後くらいに後半まで本を出せたらよかったのですけどね。

 構成を考えながらもとりあえず1話目から見返してメモをとりつつ作業を進めました。1〜2週目の作業は「どうやって作業するのが一番効率がいいか」を試行錯誤しつつやってましたので、断片的に「台詞を全部書き起こす」なんていう無駄な作業をした回もあります。結局「字幕表示した台詞を全部iPhoneで写真を撮りMacに取り込み、それを見ながら作業する」のが一番はやいという結論にたどり着きました。1話15分でだいたい写真220〜230枚くらいだったでしょうか。一見無駄な作業のようですが、後からまた録画を再生したり巻き戻したり、という手間が省けるので、結果的にこのやり方が一番効率的でした。今になって冷静に考えるともうその準備段階の作業量だけで「狂気」と思いますが、あの頃はきっと熱に浮かされていたのでしょうね……。

 まあとにかくそんなこんなで、「このネタを自分の両親に説明するなら」「この時代のことを子どもたちに説明するなら」を念頭におき、なるべく「わからない奴にもわかるように」を心がけて小ネタの解説を書きました。約一ヶ月で前半の「北三陸編」を書き上げ、「あまちゃん」最終回の前日9月27日に無事リリースすることができました。コアなあまちゃんファンであるお友達が何人かすぐにダウンロードして読んで喜んでくれたので「ああ、この人たちが喜んでくれるなら大丈夫だ」と思えました。前半を書いてる間は「こんな内容で大丈夫か」と悶々としながら作業していたので、そこからは多少吹っ切れて作業に集中することができました。とはいえ「後半は10月末までに出す」とあとがきで宣言してしまい、84話分の作業をあと1ヶ月でやらなければいけないと自分に課してしまったので、それはそれで気が遠くなる思いでしたけれど。前半の作業から計算するとどう考えてもギリギリ、なスケジュールでした。今でもよくやったと思います……。さすがに文章が荒いところも多いかと思うので、後でネタの書き足しも含めちょっと手をいれようとは思っています。

 幸いこの書籍に対するレビューは好意的なものばかりで、とてもありがたく思っております。また、「この本が読みたくてKindleアプリを初めてダウンロードした」という方も何人かいらっしゃって、これがかなり嬉しかったです。そのハードルを越えて興味を持っていただけたのは本当にありがたいことです。お金を出して買って下さった皆様のお役に立てる内容になっているといいのですが。

 ちなみに表紙の画像について少し。「東京編・復興編」では再開後の海女カフェをイメージした三角ガーランドを表紙に飾ってます。これは「無料イラスト かわいいフリー素材集」のサイトのものを利用させていただきました。それ以外にもこっそり、画面上下の「(‘j’)」の顔文字が「(‘ jjj ’)」になっているのです。気づいた方はいらっしゃるでしょうか?

 本当なら書籍のあとがきにでも書けばいいようなことですが、あまりに冗長な上に個人的な思い入れの話ばかりなので、あえて書籍に入れずブログに書いてみました。最後までお付き合いいただきありがとうございました。